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47の素敵な美術館へ

日本の美術館のおもしろさを見つけるブログ

横浜美術館(2017.2)

早いもので2016年度が終わってしまいました…半年ぶりの更新です;;;美術史の勉強をしてギャラリーでバイトをしていた時はアート界隈の情報しか追っていなかったみたいなところがあったのに、今全然違う仕事をしていると、テレビもないしツイッター見ない限り情報は見事に入ってこないし、生活の外に出てしまうとこんなにも情報が偏って、美術館から脚が遠のいてしまうんだなとしみじみ思います。

最近はもっぱら外出をする時に一緒に最寄りの美術館にいく、というスタイルに替わりつつあります。そんなわけで、2月にAKBの握手会で横浜に行った際に立ち寄った横浜美術館常設展の感想など書きます()

 

横浜美術館 http://yokohama.art.museum/index.html

企画展では「篠山紀信展 写真力」をやっていたのですが、東京オペラシティ宮城県美術館で観たものと表題が同じ巡回展のようなので三度目は入らず*1、常設展のみ観てまいりました。

 

「写真」全館展示 コレクション展2016年度第3期

今期は篠山紀信展に絡めて、写真の大規模なコレクション展。各美術館が所蔵する作品でどのような展覧会ができるかというのも、美術館の1つの楽しみ方です。

横浜美術館の力量ならコレクション展だけでも十分だろうと思って入りましたが、その想像を越えてとても充実した展覧会になっていました。図録の形で残らないのが惜しいくらい。とにかく盛りだくさんでした。出品リスト(以下PDF)がなんと29ページに及ぶという(笑)こりゃ紙面で常備配布できないですねw

横浜美術館コレクション展 2016年度第3期 | 開催中の展覧会・予告 | 展覧会 | 横浜美術館

作品リストPDF→ http://yokohama.art.museum/static/file/exhibition/listofworks2016_3.pdf

第1部は「昭和の肖像 ―写真でたどる「昭和」の人と歴史」と題された近現代日本の写真。紀信展の流れか、著名人を写した写真から始まりました。美空ひばりさん、若かりし日の吉永小百合さん、工藤静香さんなど私でも知ってる芸能人や、川端康成松本清張上村松園横山大観など文学・美術の一線を担った作家。そこから戦中戦後の被害都市、高度経済成長期の東京の風景などなど、まさに日本の写真史を一斉回顧する内容。 

ここで既にひと息つきたいほどの内容なのですが、後半の第2部「"マシン・エイジ"の視覚革命-両大戦間の写真と映像」では、20世紀に戻りカメラオブクスラが誕生した100年前の欧米の貴重なコレクションが続きます。これまでの横浜美の展示でもたびたびお目にかかってきた作品もありましたが、しかしヴォリューム半端ねぇ(笑)

 

《カメラを持った男(Chelovek s kino-apparatom)》

個人的に私は19世紀末から20世紀前半の文化(美術、音楽、映画いずれも)に惹かれるものが多いので、写真やフィルムに写された文化は興味深いものばかりでした。休日に写真の歴史を巡るのには十分すぎる充実さでした。

その中でも特に、第2部の導線の最後にあたる写真展示室の1番奥で上映されていた《カメラを持った男》というフィルムが大変面白かったです。

展示室での上映なのでどうしても途中からの鑑賞になってしまいますが、当日なら1枚のチケットで再入館ができるので二度に分けて全編を観ることができました。60分以上あるサイレントフィルムにこんなに夢中になるなんて思いませんでした。


《カメラを持った男》は ロシアのジガ・ヴェルトフ作、1929年上映(日本では1932年)のサイレントフィルムです。
検索してみるとYoutubeでフル動画がいくつもアップされていてDVD化もされているようです。ただ動画にはどれも音声が付いていますが、展示室では音声は一切ありませんでした。そしてやはりデジタルではなくフィルムで、大きなスクリーンで上映されているものを観ることが非常に意味があるなと感じました。そのフィルムが横浜に大切に保存されているのですから有難いことですね。

www.youtube.com

ジガ・ヴェルトフ 《カメラを持った男 (Chelovek s kino-apparatom)》(1929年)
ビデオ(16mmフィルムより変換、オリジナル:35mmフィル ム)、66分 

"カメラを持った男"が日常の風景を撮影したものがつぎはぎ、合成されている中で繰り広げられるドキュメンタリー的な映画です。「演技や演出の力に頼ることなく物語っぽい映像にする」というのが監督のモットー。物語を意識せずに当時の風景を眺望できるのでぼんやり見ていても面白く、機械などを映している場面でも切り取り方が綺麗で無機質ではないんですね。むしろずっと見ていると生き物や別の何かのように見えてきたり。

当時の大衆や日常風景を撮影した映像を繋ぎ合わせて構成されていますが、複数のフィルムを合成して加工したり、ストップモーションでモノが勝手に動いていたり…。特殊な編集技術と効果の数々が後世の映像制作に大きな影響をもたらしており、映画史に名を残す作品であるとのこと。

展示室の説明書きに書いてあった引用例では、映画「インセプション」が挙げられていました。2010年のアメリカSF映画インセプション」はたまたま観たことがあります。物語も演出もとても面白い作品でした。
「カメラを持った男」からは、例えば"広場が左右に割れるシーン"が引用されているそうです。どこのシーンのことかは、映像を見る前にすぐにピンときました。夢の中ではいろんな次元を自在に操ることができると、ディカプリオが説明しているシーンだったと思います。引用元になっている広場のシーンは、探したら長編の本当にラスト5分のところに数秒でしたw

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インセプション」といえば線路に耳をつけて伏せて列車の通過を待つシーン(夢の中に入った主人公は夢の中で死を迎えることで目が覚めるという設定)がありましたが、あれもトルストイアンナ・カレーニナ』の有名なシーンを想起しますから、「インセプション」自体がロシアの様々な作品の影響を強く受けてるのかもしれません。

あと、少し違うかもしれないけど、ディズニーのアニメ映画でも、キャラクターの頭の脳みその部分が透けて別映像が合成されていたり、混乱した時などにいろんな映像が半透明で重なり合いながら消えてを連発するシーンがあり、印象に残っています。もしかしたら古来のフィルム映画の影響があるのかなーなんて思いました。

これらの作品がコレクションだから、横浜に行った時また観られることがあるかもしれません。その機会を待つのもまた楽しみです^^

*1:2012年から全国各地で巡回してるみたいです。写真だからある程度なら同時多発的に時期かぶっても開催できるんですね。http://www.museum.or.jp/modules/jyunkai/index.php?page=article&storyid=71 

あいちトリエンナーレ(2016.9)

あいちトリエンナーレ http://aichitriennale.jp/

この秋の愛知遠征のメインに据えていたイベントですが、ブログでは公立美術館のほうを優先して紹介したかったので、前回・前々回と続いてきましてラストの本記事にてあいちトリエンナーレ2016の感想を書きます。私は第2回(2013年)から、今回で2度目の参加でした。

トリエンナーレ」は「3年ごと」を意味するイタリア語で、国際美術展を指します。このような数年に一度の国際美術展は、1895年のヴェネツィアビエンナーレ(「2年ごと」)に始まり、世界各地で行われています。日本では地域活性化の意図で行政と組んで行われることが多く、関東だけでも横浜や千葉県・市原、さいたま等々で行われています。

2010年にスタートしたあいちトリエンナーレは、今年で第3回です。2016年の今回は港千尋さん監修で、テーマは「虹のキャラヴァンサライ」。キャラヴァンサライは、旅の休憩所の意味だそうです。

 

栄エリア*1

オアシス21を臨む愛知芸術文化センターから、長者町の各建物、伏見の地下街から名古屋市美術館まで、あいちトリエンナーレのメインエリアです。多彩な作品が軒を連ねるので、印象に残った作品を備忘録します。

 

・大巻伸嗣さんの作品がこのエリアに2作品、配されています。

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↑こちらが愛知県美術館の《Echoes-Infinity》のシリーズ。大巻さんの展示空間は空気が音を伝えないかのように静謐で、真っ白な部屋にタイル状のカーペットを敷きつめたところに規則的な模様なステンシル?されていてとてもカラフル(右の画像が細部、ちょうど部屋の角)。光があるからこそ色彩を楽しむことができる。

一方でこの光の尊びからかけ離れた作品が《Liminal Air》でした。こちらは長者町の損保ジャパンビルにあります。ひたすら闇をみつめる展示で、大巻作品のイメージが覆りました。完全に締めきられた室内で、ヴェールのようなものが風ではためいて時々ぼんやりと強まる淡い灯りに白く照らされる。音も声も光もなく、ひたすら「闇」。ぼーっと無になっていると、非常灯の緑の光をじゃまだと感じるほど神経が研ぎ澄まされていることに気がつく。思えば、夜でさえ街灯や建物の照明があるから、日常生活でこんな「闇」は日ごろ経験しません。そんな幻のような光景も"キャラヴァン"の醍醐味かもしれません。

 

名古屋市美術館では、写真を多く観た印象がありました(常設展示にも写真のコレクションが出ていました)。

どの写真を観ても思ったのは、異邦人であるということ。日本の風景をとっていてもそれは海外の人がシャッターをきった写真で、いわゆる作家が”故郷"を撮った写真はほぼありませんでした。それもまたキャラヴァンということで、異国を巡るイメージなのでしょうか。そのことに気がついてからは、どの作品を観る時も、社会性とか地域性のようなものを考えざるを得ませんでした。 

あと伏見エリアということで書いておきますが、伏見の地下街で食べたローストビーフ丼が美味しかったです。お店のお名前を忘れてしまったのだけど、お値段のわりにすごいボリューミーで美味しくて素晴らしいコスパでした。雨の中の散策で手ごろな飲食店も見つけられない程へろへろだった私を救ってくれました(笑)

 

・佐藤翠さんの作品は長者町のビルでは1フロア、大小の2室分を楽しむことができます。昨年の資生堂ギャラリーでの展示に出ていたものも含むのでしょうか。鏡をキャンヴァスに、油彩でクローゼットや、色の連なりで草花の茂みのような模様を描いています。画面が正方形で、どことなくクリムトっぽい。

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作品を観たい一方で、鏡だからつい写り込んだ自分を探してしまったりして、でもその2つが同時に叶えられないジレンマがなんとも示唆的。福田美蘭さんの鏡にアラベスク文様をあしらった作品を思い出しました。色使いが綺麗で見とれてしまうんだけど、どこか切なさが付きまといますね。儚い。

 

・儚いといえば、アートラボあいち長者町の小展示では、荒木由香里さんの作品も観ることができました。前期後期でちょうど展示替えがあったのでラッキーでした。

荒木さんの作品は、以前愛知県美術館の若手アーティストをピックアップしての特集展示で観たことがありました。青、赤、白などある色が寄り集められた巨大なオブジェで、綺麗だなぁと寄ってみるとそれは日常の生活機器なんですね。あるいはその一部部品とか。いわゆるガラクタや廃材の集合体で、美しい死体のようだなと、強烈な印象を受けました。

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↑今回のトリエンナーレでの荒木由香里さんの出品作

今回はその時よりはロックでなかったですが、女性が身に付けるアクセサリー類や飾り、メイクアップに必要なものがごちゃりとひとつの集合体として寄り集められていました。使い込まれていく生活機器しかり、時間の経過でうつろいゆく女性と美の追求との戦い。葛藤のようなものが思い起こされ、美しいんだけどギョッとする。好みの作家さんです。

 

岡崎エリア

名鉄名古屋駅から40分ほどの最寄りの東岡崎駅から、自転車を借りていざ。前回の第2回(2013年)に続き会場となった岡崎シビコに加え、駅から少し離れた石原邸をまわりました。
街から離れた六供は非常に閑静で、石原邸での展示はその空間に溶け込んだものとなっていました。邸宅の蔵には柴田眞理子さんの陶器作品、座敷には田島秀彦さんや、縁側には扉一枚ほどの佐藤翠さんのクローゼットの絵1点がひっそりと置かれていました。

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(左)田島秀彦さんの作品と石原邸の縁側 / (右)縁側のつきあたりにある佐藤翠さんの作品

一方で、岡崎シビコのほうは、前回のよしみで置かれた感が否めませんでした。岡崎エリアは前回新会場となったのですが、今回はその"新会場"の力の入れ方が豊橋のほう(特に開発ビル)に注がれていたのかな。あの空間がただのギャラリースペースと化してしまっていて、あのコンクリート打ちっぱなしの廃フロアで行う意義というか、せっかくの岡崎シビコでやる動機が消えてしまったようで、また展示数が少なかったことも、ここまで来たのに…というちょっとしたガッカリ感に繋がりました。

 

豊橋エリア

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今回初めてトリエンナーレ会場となった豊橋エリアは、農業用水路の上に建てられた水上ビル(本当に道路沿いに延々と続いていました)と、それと平行した商店街が会場となっていました。水上ビルの向こうには山々が…。名古屋駅から豊橋駅まで、特急で1時間ほどです。

街中での展示で興味深いのは、日常の中に作品が溶け込んでいることです。ビル1本を舞台にしている場合は、何気なく利用している施設(ショッピングモールとか)のまったく違った一面を観ることができて、不気味なおもしろさがあります。

商店街にある開発ビルは、10Fから展示のある各フロアを下りていく導線。石田尚志さんは10Fにある文化ホールのワンフロアを使っての展示でした。作品を追って歩いていくと、いつの間にか楽屋→袖→舞台→客席と進んでいる。

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(左・右)石田尚志さんの作品。ステージの画面から、ステージ、客席をよこぎるように伸びています。

無人の劇場はふとすると不気味なんだけど、作品映像の音(音楽ではなく)と色彩の関係が手仕事を進めている感じを彷彿とさせて、気を許すことができればだんだん心地よくなってきて、ずっと眺めてしまいました。

その下の階へと展示は続くのですが、その場所にその作品が置かれている意味がきちんとあったといいますか。

佐々木愛さんの大作は、既存の白いカーテンと呼応していたし、

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(左)佐々木愛さんの作品とカーテン、(右)佐々木愛さん作品のクローズアップ

久門剛史さんは時計、電球、カーテンと窓のフレームなど、使われている素材はとてもシンプルですが、いろいろなモノがそぎ落とされた骨組みのような空間だからこそ幻想的で繊細で、その世界観にひきこまれました。

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(左)(右)それぞれ久門剛史さんの作品

開発ビルの展示に使われていないフロアは、役所、会議室、ショッピングセンター?だったり各々利用されていました。バックヤードに若かりし氷川きよし等身大パネルなどが雑多に置いてあって(笑)そんな同じ建物のお隣さんで、こんな作品世界が繰り広げられているなんて、ちょっとしたファンタジーですね。

 

全体の感想 

あいちトリエンナーレは今年で3回目の開催。前回の「揺れる大地」よりはテーマがとっつきやすく、作品数も絞られこざっばりしていたためまわりやすかったです。別の言い方をすれば点数が少ないという不満にもなり得ますが、私は気に入った作品をじっくり観られる時間的余裕をとることができたので満足でした。

あとは、会場施設の空間をもっともっと有効に生かした展示を観てみたかったです。場所ありき、あるいは作品ありきで、展示構成を固めていくのでしょうから、一筋縄にはいかないと思いますが…。
元々愛知は美術館が好きでよく行く土地ですが、そんな場所の"アートが溶け込んだ日常"/日常の裏にある"非日常"を楽しむことができる祭典だと思います。前はここにあの作品があったなーとか、今回はここは何もないんだーとか。自分でプランを立てて足を運んで全身で経験したから、記憶だけでなく感覚的にも覚えているものなんですね。過去に観た景色を意外と思い出せて、今回自分でも少し驚きました。
住まいが愛知でない私でもこのような体験ができたのですから、日頃から愛知で生活されている/訪れることが頻繁な方であれば、その新鮮さも一入大きいのだろうなと思いました。

あいちトリエンナーレ2016、あっという間で来週10月23日(日)で会期終了です。まだご覧になってない方はラストチャンスです!ぜひふらりと巡ってみてください。

 

※本記事に掲載する画像は、あいちトリエンナーレの会場で撮影したものです。作品によって撮影可否が異なるため、撮影の際には受付あるいは監視スタッフに確認して行っています。※

*1:ちなみに愛知県美術館は、トリエンナーレ期間なので常設展示室なし!すべての展示室がトリエンナーレに使われていました。せっかくの遠征の折、えりすぐりのコレクションで一時を過ごそうと夢想したいものを…残念でした。

名古屋市美術館(2016.9)

前回の「豊田市美術館」記事の続きです。トリエンナーレ会場にもなっている名古屋市美術館の、ここではコレクション展の感想を書きます。

 

名古屋市美術館 http://www.art-museum.city.nagoya.jp/index.shtml

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市営線の伏見駅から歩いていった白川公園の中にあります。名古屋市科学館のシルバーの球体がとても目をひきますが、その向かいにあるのが美術館です。
建築は黒川紀章。前記事の豊田市美術館設計の谷口吉生同様、日本の美術館建築をいくつも手掛けています。一見すると固さの際立つコンクリートのフレームですが、たとえば半地下になっている吹き抜け(写真左手側のガラス張りのところです)のロビーはガラス張りで曲線を描いていて動きがあります。そのロビーからガラスの先に臨むことができるのは、エントランスの四角形を連ねたカクカクしたフレーム。無機質で素朴な公立施設っぽさがある一方で曲線や円形の特徴があり、その対照的な印象が新鮮です。 

 

名品コレクション展II(前期)

館内は広めの展示室3がトリエンナーレ会場、展示室1・2がコレクションでした。コレクション展示は、トリエンナーレのテーマである「虹のキャラヴァンサライ」から旅が意識された構成でした。

まず、常設展示室2には「エグザイル:自由への旅《琉氓のユダヤ》と《北満のエミグラント》」というタイトルが掲げられています。写真作品です。
仲間でゲームをしていたり立ち話をしていたりする、何げない風景やポートレートですが、どれも移民という性を背負った人々。座っているのは簡易な荷物の上だったり、ゲームをしてるのも室内じゃなかったり。安住でない、「外」にいることを意識せざるを得ない作品ばかりでした。

そして常設展示室1は、コレクションの軸として掲げているエコール・ド・パリ、メキシコ美術、現代美術の作品。

エコール・ド・パリではシャガールの《寓話》が出ており、動物たちのいろんな寓話を楽しめました。メキシコ美術は「メキシコへの旅」、現代美術は「時間の旅」と題されていました。

「時間の旅」でおもしろかったのが、杉本博司さんの《Orpheum,California》(1977年、シルバープリント)。いろいろなシアターで撮影されたシリーズのようです。
横長の画面には客席のある一席からステージのほうを眺めたような、シアターの景色が収められています。スクリーンが降りて光っているから映画館とわかりますが、上映中に露光しっぱなしで撮影されているため、スクリーンは真っ白に飛んでしまっています。映像作品と時間は切っても切れない関係にあります。写真という静止画に、映像の"すべて"を収めようとするとこうなるのか。興味深かったですし、客席や建築構造なども一緒に収められており、シアターの概念が詰まった1枚に思えました。 

今回は常設展示室の導線は、通常のルートと反対に設定されていました。いつも出口になる展示室2から入り、出口は一カ所のため展示室1をまわって観終えると同じところから出ていく。どうしてだろうと思ったら、いつも入口になることが多い展示室1入ってすぐのちょっとした広間に、宮島達男さんの《Opposite Circle》が出ていたからでした。

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レッドとグリーンのデジタルカウンターを用いた、宮島さんの代表的なスタイルの作品です。1桁のカウンター10個でひと塊りにまとまっていたような…それがずらりと一列に並べられて円を描いているのだが、これが結構大きくてスペースをまるまる要していました。タイトル通り、円の向かい側(反対側)にあるカウンターと呼応してカウントが続いている……らしい。スペースの端1カ所からしか作品を眺めることができず、作品の周囲を見てまわることができなかったので、目で観てわかることができなかった。

本作制作のための緻密なドローイングも展示されており、がっつり紹介してるなーと思ったら、「コレクション解析学」と題されたシリーズだったようで、今回の常設展では宮島さんのこの作品が特集されていたというわけ。学芸員が1人1作品をピックアップして解析しているようです。

名古屋市美術館はニュースを「アートペーパー」として発行していて、この「コレクション解析学」は全紙面の1/3ほどを占めて掲載されています。その最新号にこの宮島さんの作品も、時間についてのコラムという形でまとめられています。そのことをウェブサイトを見て知ったのですが、最新号は館で配布中とのこと。紙面でもらえばよかった…→ 最新第102号(PDF)

 

コレクション展第II期は、あいちトリエンナーレと会期末を同じく来週10/23(日)までです。ぜひ!

※次記事は「あいちトリエンナーレ」の感想を予定しています。

*1:キャプチャーは「コレクション解析学2016-2017」ページより http://www.art-museum.city.nagoya.jp/kaiseki2016-2017.html 

豊田市美術館(2016.9)

俗に言うシルバーウィーク中に、あいちトリエンナーレのため愛知に行ってまいりました。

美術館の常設展示、日常的な視点から書き残すためのブログにしたいと始めたので、本ブログの皮切りがいきなり催事というのも趣旨と異なってしまうので(苦笑)、トリエンナーレの折に巡った美術館の感想を書こうと思います。

 

豊田市美術館 http://www.museum.toyota.aichi.jp/

JR名古屋駅から市営線で伏見駅伏見駅から鶴舞線に乗り換え、豊田市駅から歩いて10分程度。名古屋から約1時間。愛知環状鉄道の線路沿いのきつい坂をのぼると見えてきます。きついんだけど、この坂をのぼるたびにまた来れた!と感慨深くなる、そんな美術館までの道のりも好きです。いつもこのルートだから、入館がもっぱら裏手の小さな出入口になっちゃうんですけどね(苦笑)。

あいちトリエンナーレのエリア外のため会場にはなっていませんが、愛知まで足を伸ばしたら絶対外せないすばらしい館、豊田市美術館です。

 

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建築は谷口吉生氏。挙母城跡の高台に建てられた館は豊田の歴史とも紐づいています。ピーター・ウォーカーによるランドスケープデザインの敷地内には、その由縁を伝える石碑や、童子苑と呼ばれるお茶室、庭園などがあります。建物2階の屋外にある人工池は息をのむほどで、お天気のいい日はなおのこととても心地良いです。

 

今回訪れた時期はちょうど、9/25まで開催されていた「ジブリの立体建造物展」の会期最終週。1階受付前から廊下を通り、チケット購入列の最後尾はなんと屋外へ続く長蛇の列…。ドアや仕切りが少なく開放的な建物だからただでさえよく音が響くので、この日の喧騒は展示室にいてもわかるほどで、あんなに賑わっている日に当たったのは初めてでした。

 

時間の都合がありジブリ展は回避して、杉戸洋さんの個展「こっぱとあまつぶ」と、常設展示室のみ観覧しました。

杉戸洋さんは特に愛知では知名度のある作家さんだそうです。一見すると幾何学的な画面なのだけど、ずっと見ていると、道とか建物とか街などの見たことのある景色が浮かび上がってくる。色はシンプルでパステル調の優しい色合いなど、ふらりと入るにはちょうどよく、迎え入れてもらえる感じがしました。ジブリの立体建造物展と絡めての開催だったのでしょうかね。

 

常設展示(2016年第2期)

20世紀初頭から現代までの西洋美術の所蔵作品に明るい豊田市美術館の常設展示は、訪れるたびにこんな作品を持っていたのかと驚くことが多い優れたコレクションです。

2F展示室5にコレクションの目玉作品が展示されています。

 

個人的に今回注目した作品は、奈良美智さんのアクリル画でした。初見だと思います。 

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奈良美智 《Dream Time》(1988年)

奈良さんはこんな作品も描かれたんですね。アクリル on canvasの1988年作ということで、初個展から4年後の最初期にあたるでしょうか。どことなく有元利夫さんあたりを彷彿とさせる、ルネサンス初期のような素朴さがあります。

 

そしてクリンガー。

違和感を覚えたのが、腰のあたり。後ろに反った姿勢にしては腹部が薄すぎる。ちょうど半身半馬のケンタウロスみたいに、下半身を馬にしたらちょうど収まりそうな姿勢。

 

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 マックス・クリンガー《裸婦》(1914年)

キャプションがなかったからわからないけど、何かの習作でしょうか。気になる…。

 

 他には、ジブリの特別展と関連した建物がらみで、エッシャーの代表的な版画が何点か出ていました。

入って手前の長い辺の壁は一面がガラスケースになっていて、これは近代の日本画も多く持っているためですが、展示によってはケース内に西洋画がかけられることも多く、ちょっと惜しかったりします。ケース前に壁を立てても狭くならないとは思うのですが。今回はクリムト、シーレ、ココシュカはこのガラスケースの中でした。

 

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(※2015年10月の同館展示室で撮影)
エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》(1917年)
http://www.museum.toyota.aichi.jp/collection/000182.html

シーレは私が卒論、修論でテーマにした画家なのですが、日本では彼の優良な作品とその周辺をコレクションで持っているのは愛知と宮城くらいなので、ここに来れば会えるというのはとても嬉しいことです。
何度観ても飽きることのない色と構造をしています。「感情任せのエロスの画家」…みたいに嘲笑的に捉えられがちな作家ですが、晩年の作品には落ち着きがあります。それまでの彼の作品ではそれこそショッキングなエロスで隠れがちだった緻密な画面構成が、本作ではよく伺えるようになっています。色や筆致は画像だと伝わりづらいですが、実物は図版で見るよりも暗く沈んだ印象はなく、ずっと綺麗な深い藍をしています。

 

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以前、東京国立近代美術館竹内栖鳳展(2013年)をやっていた時期は、この館のコレクション展示室に栖鳳の夫婦のライオンの屏風が出ていました。
栖鳳展は栖鳳展でとても楽しみましたが、その企画展示に出ていてもおかしくないクオリティーの作品を、常設展示のひと気のない部屋でひとり占め状態で観ることができたのはとても貴重な体験でした。

そんなこともあり、大規模な特別企画展が催されている時には、各々の美術館もそれに喚起されて普段は出していない作家の作品を収蔵庫から常設展示室にひっぱりだしてくることが少なくありません。ちょっとマニアックな楽しみ方かもしれますが(笑)混雑してる特別展で観るより、じっくり味わえると思いますよ^^

 

 

※本記事に掲載する画像は、豊田市美術館で撮影したものです。撮影の際には、受付あるいは監視スタッフに確認して行っています。※
※外観の写真など、一部2015年に撮影したものを使っています。お天気が悪くて^^;※ 

はじめまして。

このたび「47の素敵な美術館へ」というブログを始めることにしました。

作品を観ることの楽しさをもっと身近にしたい、そのために美術館という場所の魅力を発信したい。

長い長い歴史がつむぎだした大きな文化としての美術史、それを軸にした美術、芸術、アートは尽きることがなく、探究しても追い付かないほど無限にあり、生まれていきます。毎日を楽しくしてくれる美術に、私は感謝しています。

学部と修士まで続けた美術史の研究からはドロップアウトしてしまった私ですが、美術史から学んだことはたくさんあります。美術館で観る作品に限らず、いろんなものを深く観る、いろんなものを楽しく観る眼をもつことができました。毎日の見え方すら変える力を持っています。

そんな眼をくれる美術に会うことのできる「博物館・美術館」という施設へ、もっともっといろんな人に行って、観て、使ってほしい。そのためのきっかけになりたい。忙しさにかこつけて美術館から足が遠のいていた自分のためのきっかけでもあります。

こんな私だからこそ書けることが何かあるだろうと思いまして、ブログ開設に至りました。

あまり堅苦しくしたくないので、そんな考えこまずいろいろ決めずにひとまず始めたというところです。私の素性をご存知の方は察したかもしれませんが、ブログ名はAKB48のチーム8の「47の素敵な街へ」という曲のタイトルからとりました。日本全国の美術館をいつの日か全部まわろうと思っているからです。そしてそんなゆるいブログを、最低でも月1では必ず書こう…低いレベル設定(笑)

それでは、よろしくお願いします!