47の素敵な美術館へ

日本の美術館/博物館/ギャラリーのおもしろさを見つけるブログ。美術史の話なら何でも。ただしゆるゆる更新

至上の印象派展 ビュールレ・コレクション(2018.5)

国立新美術館 http://www.nact.jp/
至上の印象派展 ビュールレ・コレクション http://www.buehrle2018.jp/

私、学部生のころ美術史学生の研修旅行でスイスを訪れた際、ビュールレコレクションを観ております。2007年9月のことです。今回目玉作品にされているイレーヌ嬢や、セザンヌの赤いチョッキの少年に、11年ぶりの再会です。

開催挨拶を読んでショックだったのが財団の美術館を閉館し、チューリヒ美術館の展示室に移るとのこと。ビュールレ・コレクションは、チューリヒの伝統的な民家を美術館として作品を公開していましたが、2008年2月に起きてしまった痛ましい強盗襲来と作品強奪を受けて、その決断をせざるを得なかったとのこと。*1

あの事件の衝撃は今でも忘れることができませんし、知り合った大切な友達が誘拐された気持ちになりました。今はただ、よくぞ戻ってきてくれたと胸をなでおろすばかりです。また、自分は当時現地でコレクションを観ることができて、大変貴重な経験をしたんだなと改めて思いました。

興味深い作品はたくさんあって、ゴッホの《日没を背に種まく人》は11年前には自力で気づくことのなかった発見があり、構図を観る力がついたんだなあとワクワクしました。あと、どの作品も美術館のホワイトキューブに移ってみると、どの作品も思ってたより小さいなぁと感じました。民家の一室に飾ると1枚でどれだけの存在感があるのかがよくわかりました。

 《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》

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 ピエール=オーギュスト・ルノワール 《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(Little Irene)》(1880年)oil on canvas

財団の美術館である民家で対面した時には、ピアノのある一室の開口部横の壁におもむろに飾られていました。画集で観たことあったのにこんなところに…!?()と驚いた。しかも反射がすごくて画面がテッカテカだったのですが(笑)ニスが塗りたくられてるのかと当時は思いましたが、今回の展覧会ではストレスなく鑑賞できたので、ミュージアムガラスにしてもらったんですかね。あるいは照明の仕業。

もちろんイレーヌ嬢の描写の美しさは変わりないのですが^^気づいたのは手。こんなけ着飾ってお姉さんのように描かれているイレーヌ嬢ですが、モデル当時8歳。その幼さが手に表れているなと思いました。肉感のある柔らかそうな手をしていて、指を丸めて両手を重ねている。

きっとカーン・ダンヴェール夫妻がとびっきりのおしゃれをさせて画家の前に座らせたのでしょうけど、お嬢さん本人は恥ずかしいのか緊張しているのか、ちょっとませた表情をしてるけど内心では「はいはい良い子にしてればいいんでしょ」と呆れ気味なのかもしれない。ルノワールおじさんは少女をお見通しのように細部まで描かれてますね。お見事。

《ピアノの前のカミュ夫人》

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 エドガー・ドガ 《ピアノの前のカミュ夫人(Madame Camus at the Piano)》(1869年頃)oil on canvas

最初の肖像画の章にあった作品で、ドガの構図の取り方、示唆的な細部の描写はとても優れていると思い出した1枚。

モデルは、ドガがかかっていた眼科医の奥様でピアニストのカミュ夫人。画家の視力に支障が出ているということもあるのか、薄暗い部屋でピアノの鍵盤の断面は白の一直線で描かれていて鍵盤のキーの境界はありません*2。鍵盤の白のラインと並行しているのが絨毯の端、机に積まれた楽譜の側面と呼応しています。楽譜の背表紙のほうのラインは、夫人の足元のクッションと並行しています。緻密に計算された構図です。

何より気になったのはアップライトピアノの上にあるもの。ピアノの上には貴族のような男女の置物が置かれて、右側の女性の置物のほうは壁に影が大きく伸びている。その光源をたどると、譜面台の左右の蝋燭。当時のピアノによくあった燭台が置かれていますが、右側(女性側)の蝋燭がついているのに対して、左側(男性側)の蝋燭は火が消えています。また蝋燭は両方ともとても短くなっている。

カタログを読んだところではその表現に現実的意味合いがあるのかを確認できなかったので、私のただの空想ということになりますが……医者夫婦の関係は実は冷えていたとか、さらに画家が35歳ころにこれだけ熱心にある女性を描いているとなると…など、いろいろ想像してしまいますね。

《リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち》

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そして憶測といえばこちら。イレーヌ嬢と同じ展示室内ということもありゆっくり観ることができましたが、通り過ぎていく人々から「左の子がこわい」という声しか聞こえなかった。

そういえば学科旅行の時、先生からはこの絵が《操り人形》と呼ばれていたことを教えられた記憶があります。現地のカタログを観ても、本展覧会のタイトルと変わりがないので通俗的な呼び名なのかもしれませんが、左側に描かれた子が非人間的に見えるという事実は変わりないようです。

あるいは、ドガの視力が弱まっていってたことを考えると、日陰にいる女の子がこのくらいの暗さで見えていて、日向のほうにいる右側の女の子とこれだけのコントラストで描かれていてもおかしくはない。一方で、画面左側の女の子がルピック伯爵の右腕に乗っかっているというのが不思議で、むしろ背中にある穴に手を入れてマペットのように持っているとしたらそれが自然な位置のように思えるというのも一理。

 

どちらのドガ作品もエビデンスはまったくとれていませんけど、観れば観るほど発見があり様々な読み解き・想像ができる作品は、深みがあっておもしろいですね。

自分が向き合っていた近代美術史がメインの導線で、思い入れのあるコレクターの良質なコレクションを眺めることができてとても刺激的な展覧会でした。

 

おまけ、国立西洋美術館ドガ(2017.7)

ブログを完全にサボっていたのですが、昨年2017年夏にアルチンボルド展を観てきました。長い付き合いで目下建築を勉強中の学生の友達に「美術館の建築も楽しいのよ!」と熱弁したところ「じゃあ一緒に行ってみよう」となり、コルビュジェ建築が世界遺産登録されて話題の国立西洋美術館に行きました。

夏休みということもあり朝からすごい人。矩形に区切られた目玉の展示室では、どの作品の前も常に人だかりが絶えず賑わっていました。隣の一角には同じ作品の拡大パネルが並んでいて、知り合いとああだこうだと話したりパネルを指さしながらゆっくり観てまわる人々が多数。自分も今回は二人でお話ししながら作品を観てまわれてとても良い時間でした。

この時に西美のコレクションで観て気になったのもドガの作品でした。新所蔵のピンクの札がついていました。 なんだろう、こんなに気になるなんて恋かな(?)

《舞台袖の3人の踊り子》

この作品観たことあったっけ?には3種類あって、1つは単純に以前観た記憶が抜け落ちている場合、1つは展示室に出てくる機会がなくウェブや図版で観たことあっても実際お目にかかるのが初めての場合、そしてもう1つは本当に新所蔵ではじめましてのもの。今回観たドガは"はじめまして"でした。2016年度購入の新所蔵です。

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エドガー・ドガ 《舞台袖の3人の踊り子 (Three Dancers in the Wings / Trois danseuses dans les coulisses)》(1880-85年頃)oil on canvas
エドガー・ドガ | 舞台袖の3人の踊り子 | 収蔵作品 | 国立西洋美術館

2016年度購入の新所蔵のようです。青や白で描かれることの多いドガバレリーナが、黒基調で描かれるなんて新鮮です。舞台袖ということですし、暗転した幕間あるいは本番前でしょう。緊張感が伝わります。三人の背後には黒い高い帽子のような四角形がみえますが、バレリーナと一緒によく描かれることが多いパトロンのシルクハットでしょうか。人物は皆画面の右側に配され、大きく空間の空いた左側はなんだろう。後ろのほうにぼんやりと描かれてるのは、ラックにかかってるバレリーナの衣装でしょうか、なんだろう…。

アルチンボルド展で疲れ切ってたから細かく観られなかったな^^;今度観に行ったときにもっとじっくり観てみよう……そう思えるのも館のコレクション展示の良いところですね。

 

ところで、西洋美術館のウェブを見てみたら、館内マップ内の番号のところがクリックできるようになっていて、選ぶとそのエリアに展示されている作品の一覧が表示されるようになっていました。そこのリンクから作品個別のページに飛べるようです。おもしろい仕掛けだし、「あのあたりにあった絵…」なんて思いながら回想することもありますから、便利ですね^^

常設展|国立西洋美術館

*1: HUFFPOST『「反体制」「武器」「強盗」「裁判」――数奇な運命をたどった印象派コレクション』 https://www.huffingtonpost.jp/foresight/buehrle-collection_b_17653388.html (2017年08月03日)

*2:習作の部分デッサンにはきちんと鍵盤のキーを分ける線がありました。習作デッサンもビュールレコレクション所蔵を確認